0.5秒の世界
院長です。
「こどもが転倒し始めてから転倒し終わるまでにかかる時間は0.5秒である」というのが、自分が小児科医になって初めて参加した学会での初めて聞いた教育講演の内容でした。
当時は”こけはじめからこけおわりまでにかかる時間は何秒か”なんてふざけた研究だなと思っていましたが、10年経った今でもベッド転落の患者さんの親にはその説明をするし、この時間感覚が自分の診療の一部になっています。
当たり前のことですが、人間は脳からつながる神経という電線みたいなものを介して認識したり体を動かしたりしています。神経にも物理的な長さがあるので、情報や指令が伝わるには当然、それなりの時間がかかります。
人間が見たできごとを認識するのに0.2秒、情報を解釈して体が動くまでに0.7秒かかるそうです。つまり、こどもがこけ始めてからこけ終わる事は、おとなが気づいて体が動くまでの合計0.9秒のうちにはすでに終わっているということです。こどもがこけないのは無理、それを見守っていたとしても無理、だからこどもの事故は”起こらないようにする”か”起こっても大丈夫”なようにしなさい、ということです。
診療においても”0.5秒後には別の状態になっている可能性がある”、”たった0.5秒でチャンスは失われる”と常に思っています。咽頭の診察では口を閉じられてしまうかもしれない、聴診させてくれていたこどもが急に泣き始めるかもしれない、注射や検査では回避行動が起こるかもしれない。こどもの予測不能な行動は起きる前に対処が必要だし、起きてしまった後には後の祭りなので代替手段は考慮しておく。
大学時代に成人の診療科から異動してき看護師さんから「小児科の先生の動きが早すぎてついていけない」と言っていたのを聞いたことがあるし、小児科医でない副院長に「0.5秒」という時間感覚を伝えると「何を言っているんだ?」という反応をされたので、小児科医以外には0.5秒の世界は理解しにくいのかもしれません。
